万葉の故地を写真で巡る 万葉の風景


01-0029 玉たすき 畝傍の山の 橿原の ひじりの 御代ゆ 生れましし 神のことごと 栂の木の いや継ぎ継ぎに 天の下 知らしめししを そらにみつ 大和を置きて あをによし 奈良山を越え  いかさまに 思ほしめせか 天離る 鄙にはあれど 石走る 近江の国の 楽浪の 大津の宮に 天の下 知らしめしけむ 天皇の 神の命の 大宮は ここと聞けども 大殿は ここと言へども 春草の 茂く生ひたる 霞立つ 春日の霧れる ももしきの 大宮ところ 見れば悲しも 柿本人麻呂 近江古京
(弘文天皇陵)
01-0030 楽浪(ささなみ)の 志賀の辛崎 幸くあれど 大宮人の舟 待ちかねつ 柿本人麻呂 近江古京
(唐崎)
01-0031 楽浪の 志賀の大わだ 淀むとも 昔の人に またも逢はめやも 柿本人麻呂 近江古京
(唐崎)




写真: 弘文天皇陵(大友皇子陵)と長等山
May 1 2009
Manual_Focus Lens55mm, Format67
RVP100

柿本人麻呂が既に滅んだ近江京を詠った所謂"近江荒都歌"。前半に、神々のいます大和の国から近江に都が移った経緯を述べ、" いかさまに 思ほしめせか"から急転直下、"今は亡き近江旧京の大宮はここにあったと聞くが、大極殿はここにあったと聞くが、今は春草が茂るばかりで悲しいものだ"と激しく詠う。

この歌は、非常に荘厳な言葉が幾重にも折り重なっています、特に中段の"いかさまに 思ほしめせか"と述べるくだりが印象的です。柿本人麻呂は、壬申の乱ではおそらく大海人側にあってその戦乱にも直接加わっていた可能性がありますが、大海人皇子を支えた大和在地豪族の視点に立つと、確かに畿外の近江に遷都したことは驚天動地の出来事であったに違いありません。しかし、歴史をよく調べてみると、その20年以上前の645年に起こった大化改新そのものが、東アジアに大唐帝国が出現したことに敏感に反応した自律的な革命活動であったことは間違いがなく、それ以降この壬申の乱に至るまでは、まるでジェットコースターに乗るように日本の歴史は東アジアの政治的動向に翻弄されることになります。事実大化の改新は、近代の明治維新のようなものだったに違いがありません。新たに現れた孝徳王朝は大陸の政治動向をにらんで難波に都を移し、律令制度の魁をなして、近代の明治政府のように革新的な内容を持っていました。その後の斉明朝は大和に戻ることになったものの、大唐帝国の膨張に飲み込まれて滅んだ百済の再興を目論んで朝鮮半島に出兵し、唐・新羅軍と対峙して、天智2年(663年)に白村江で歴史的敗北を屈することになります。斉明天皇亡き後、トップの地位を引き継いだ中大兄皇子(天智天皇)は、百済亡命の貴族を多数日本に収容して彼らを積極的に登用するとともに、大和から遠く離れた近江に強引に遷都します。おそらくこの遷都には2つの意味があって、まず近江を根城とする百済移民の人力、政治力、文化力を取り込んで政治の近代化を図り富国強兵を目指すこと、それから大唐帝国の日本侵攻を想定して、地勢的に西からの侵攻に強い近江の土地を選んだということにあるでしょう。白村江の敗戦は、1945年の太平洋戦争敗戦に匹敵する日本国存亡に係る歴史的大事件であったに違いありません。
それでは何故、天智天皇が亡くなって1年も経たずに壬申の乱が起きて、近江京は廃都になってしまったのでしょうか。東アジア史を紐解くと、面白い事実が分かってきます。すなわち、白村江の戦いが起こった頃、唐と新羅は連合を組んで百済と高句麗と対峙して、これを滅ぼしすことに成功したものの、その後朝鮮半島の覇権を争って、両者は袂を分っています。壬申の乱が起こった672年頃は、ちょうど唐と新羅が激しい戦争を繰り返して、新羅が唐を撃破した頃にあたり、大唐帝国の日本侵攻の可能性が事実上消滅した時期に重なっています。その後、676年には唐との戦争に勝利して統一新羅が誕生しています。
大唐帝国の日本侵攻の可能性が消えるのと同時に、近江の地勢的利点は消滅したと考えられます。また、新羅統一を受けて、"日本"という国家がより強く意識されるようになって、天皇と大和在地豪族を中心とする国粋派が巻き返しを図ったというのが、壬申の乱の本質ではなかったでしょうか。この時代は、まるで現代の日本のように、海外の政治動向が国内にダイレクトに影響を及ぼす稀に見る国際化の時代だったのです。
なお、この歌が詠われた頃は、壬申の乱から20年が経過しており、既に大宮があった場所も定かではなく、春草が生い茂るばかりでありました。
(記: 2009年6月1日)

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万葉集の風景 "View of Manyou" HP開設: 2008/5/1 頁アップ: 2009/6/1 Copyright(C) 2008 Kosharaku All Rights Reserved

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