万葉の故地を写真で巡る 万葉の風景


13-3305 物思はず 道行く行くも 青山を 振り放け見れば つつじ花 にほえ娘子 桜花 栄え娘子 汝れをぞも 我れに寄すといふ 我れをもぞ 汝れに寄すといふ 荒山も 人し寄すれば 寄そるとぞいふ 汝が心ゆめ 作者不詳 つつじ




写真: 餅躑躅の花、高山にて
May 4 2010
Manual focus, Micro Lens135mm, Format67
RVP100F

万葉集第13巻の"問答"から。"柿本人麻呂歌集の歌"という注記がある。
"躊躇することもなく、道をひたすら進んできたが、ふと振り返って青々とした山を見ると、躑躅の花があなたのように美しく咲いて、桜の花があなたのように華やかに咲いている。あなたは私に心を寄せてくれていると人は囃し立てる。私もあなたに心を寄せていると人は噂する。花も咲かない荒れ山であっても、仲がいいと評判になるくらいだから、人の噂には、あなたも十分気をつけてください。"

この歌は、"問答"に分類され、その他三首を含めて計四首の歌により構成されています。

13-3305 物思はず 道行く行くも 青山を 振り放け見れば つつじ花 にほえ娘子 桜花 栄え娘子 汝れをぞも 我れに寄すといふ 我れをもぞ 汝れに寄すといふ 荒山も 人し寄すれば 寄そるとぞいふ 汝が心ゆめ
13-3306 (反歌)
いかにして 恋やむものぞ 天地の 神を祈れど 我れは思ひ増す
13-3307 しかれこそ 年の八年を 切り髪の よち子を過ぎ 橘の ほつ枝を過ぎて この川の 下にも長く 汝が心待て
13-3308 (反歌)
天地の 神をも我れは 祈りてき 恋といふものは かつてやまずけり

また、この後の3309番歌に、「柿本朝臣人麻呂歌集の歌」という断り書きがあって、類型化として次の歌が載せられています。

13-3309 物思はず 道行く行くも 青山を 振り放け見れば つつじ花 にほえ娘子 桜花 栄え娘子 汝れをぞも 我れに寄すといふ 我れをぞも 汝れに寄すといふ 汝はいかに思ふや 思へこそ 年の八年を 切り髪の よち子を過ぎ 橘の ほつ枝をすぐり この川の 下にも長く 汝が心待て

先の四首は、2つの反歌が含まれて居ますが、前後の文脈上、反歌の整合性が弱く、3309番歌が本来の歌の形式であって、おそらくは、歌垣の応答歌のひとつであったろうと推測されます。というのは、3309番歌の場合、その歌は2つの部分に分かれていて、前半が男が問う歌、後半が女が応える歌で構成されています。このほうが歌の意味が自然のように思います。

<男が問う歌>
物思はず 道行く行くも 青山を 振り放け見れば つつじ花 にほえ娘子 桜花 栄え娘子 汝れをぞも 我れに寄すといふ 我れをぞも 汝れに寄すといふ 汝はいかに思ふや 
<女が応える歌>
思へこそ 年の八年を 切り髪の よち子を過ぎ 橘の ほつ枝をすぐり この川の 下にも長く 汝が心待て

歌意を整理すると、次のようになるでしょう。

<男が問う歌>
躊躇することもなく、道をひたすら進んできたが、ふと振り返って青々とした山を見ると、躑躅の花があなたのように美しく咲いて、桜の花があなたのように華やかに咲いている。あなたは私に心を寄せてくれていると人はいう。私もあなたに心を寄せていると囃し立てる。あなたはいったい私のことをどのように思っているのだろうか。
<女が応える歌>
おなたのことを思っているからこそ、長い年月をお待ちしたのです。年端の行かないよち児の歳を過ぎ、橘の末葉に実の赤らむ歳を過ぎ、この川の川底のようにひそかに長く、おなたのお気持ちをお待ちしていました。

歌垣の歌は、現代における流行歌のようなもので、誰でもが口ずさむことが出来たと考えられます。したがって、そこから派生した類型歌がたくさん生まれることになったのです。


なお、"つつじ"は、つつじ科つつじ属の総称で、山つつじ、米つつじ、三葉つづじ、餅つづし、蓮華つづしなどさまざまな種類があります。万葉集では、"白つつじ"丹つつじ"山つづし"などの名前で詠われています。ただし、奈良県の里山に自生するつつじは、写真のように濃いピンク色の花を咲かせる"餅つつじ(葉にネバネバする樹液が出るのでこの名前がある)"が非常に多く、自生種で白つつじは見たことがありません。丹つつじは、やや高度の高いところに見かけるようです。
(記: 2010年7月25日)

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万葉集の風景 "View of Manyou" HP開設: 2008/5/1 頁アップ: 2010/7/25 Copyright(C) 2008 Kosharaku All Rights Reserved

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