万葉の故地を写真で巡る 万葉の風景


11-2587 大原の 古りにし里に 妹を置きて 我れ寐ねかねつ 夢に見えこそ 作者不詳 小原




写真: 高台より小原の里を望む
March 26, 2011
Manual_Focus Lens200mm, Format645
RVP100

巻11の"正(ただ)に心緒(おもい)を述(の)ぶ"から。作者不祥。
万葉集巻11は、冒頭に"古今の相聞往来の歌の類の上"という題詞がある。
"古びた大原の里にあなたを置いて、私は眠れません。"

この歌を詠んで、誰もが真っ先に思い浮かべるのは、有名な天武天皇と藤原夫人の相聞歌ではないでしょうか。天武天皇は、藤原夫人の住まう大原の地を、"大原の 古りにし里に"と詠いました。大原(現在は小原)は、藤原家草創の地とされています。藤原鎌足の誕生地という伝承が残り、その母である大伴夫人の墓が当地に現存します。

02-0103 我が里に 大雪降れり 大原の 古りにし里に 降らまくは後 天武天皇
02-0104 我が岡の おかみに言ひて 降らしめし 雪のくだけし そこに散りけむ 藤原夫人

藤原夫人は、不比等の異母妹にあたる五百重娘(いおえのいらつめ)、あるいはその姉にあたる氷上娘(ひかみのいらつめ)とする説が有力です。なお、天武天皇の御世、大原の主は、若き藤原不比等(藤原鎌足の息子)でした。
天武天皇との間に有名な相聞歌が詠われた頃、藤原夫人は大原の家にいたので、藤原不比等とは同居していたことになります。

実は、藤原夫人の有力者の一人"五百重娘"は、天武天皇の間に新田部皇子を産んでいますが、天武天皇の死後、藤原不比等と再婚して、有名な藤原四兄弟の末弟藤原麻呂をも産んでいます。実子の新田部皇子、藤原麻呂の両方共に中央政界で重きを成したので、五百重娘は類希な幸運の持ち主ということになりますが、このあたりには別に複雑な事情が隠されているとみたほうがよさそうです。
すなわち、平安初期に編まれた「尊卑文脈」に、「夫人 五百重娘 天武天皇女御 後舎兄 淡海公 密通 生 参議麿卿」と書かれていることです。"天武天皇の夫人である五百重娘は、藤原不比等(淡海公)と不義密通の関係にあり、藤原麻呂を生んだ"とする説が当時大きく流布していたを示しています。天武天皇在世中、藤原不比等と異母妹の五百重娘は大原の邸宅に同居していたわけですから、このことが本当であれば、尋常ならざる関係であったと言わざるをえません。妻問婚の時代にあっても、臣下が天皇の后に手をつけることは重い禁制だったのです。
そのような状況を踏まえたうえで、掲題の伝不祥歌を再考すると、この歌の深い意味が見えてくるように思います。
まず重要と思われることは、大原の地に藤原氏の邸宅が存在していたことで、そのことから、この歌中の"妹"が、大原邸宅に住まう女性を指すと考えられることです。
ずばり私は、天武天皇がこの歌の作者で、歌中の"妹"は五百重娘のことであると考えています。そのように解釈すると、103番の相聞歌の"大原の古りにし里に"という言葉がピッタリ重なり、前後関係もほぼ問題なく整理されるのです。
ただし、この歌が天武天皇の御製であるにもかかわらず伝不祥の歌とされてしまった理由がよくわかりません。それは、この不義密通事件が背景にあって、この歌を御製歌として載せることが憚かられたからではないでしょうか。むしろ、これらの歌の内容から測って、当初藤原不比等と異母妹の五百重娘との間が親しい関係であったものを天武天皇が横恋慕して后にしてしまったということがあって、それでも五百重娘は大原の藤原邸を離れることなく、不比等と五百重娘の関係は続いていたというのが本当かもしれません。
掲題の歌には、相聞歌にあるべきはずの反歌がありません。その理由は、五百重娘が天武天皇を拒んでいたからではないでしょうか。とすると、この歌は天武天皇の横恋慕の歌ということになるし、天武天皇と藤原夫人の間に交わされたほほえましい相聞歌という見方が定着としている103番歌と104番歌のやり取りは、嫉妬に狂う老人の嫌がらせを若い夫人がやり返した図とも見えます。この場合、"我が岡の おかみ"とは、藤原不比等のことを暗喩していると考えるべきで、あるいはかつては天智天皇の后で、後に藤原鎌足の妻になって当時まだ存命であった"鏡王女(額田王の姉)"を指すかもしれません。
才子の藤原不比等が、天武天皇時代には極めて不遇であったという事実は、このトラブルが災いしていたのかもしれません。
(記: 2011年6月11日)

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万葉集の風景 "View of Manyou" HP開設: 2008/5/1 頁アップ: 2011/6/11 Copyright(C) 2008 Kosharaku All Rights Reserved

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