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春の野に すみれ摘みにと 来し我れぞ 野をなつかしみ 一夜寝にける |
山部赤人 |
すみれ |
写真: 野に咲く菫、高山にて
Apr. 5 2009
Manual focus, Macro lens135mm, Format67
RVP100 |
巻8に春雑歌として掲載されている"山部宿禰赤人の歌四首"のうちの一首。"春の野に菫を摘もうとやってきた私は、野があまりに懐かしいので、そこに一夜寝入っていましたことだ"という意味。山部赤人の代表作とされる。
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平安時代には、柿本人麻呂と山部赤人を"山柿(さんし)"と称して、万葉歌人の双璧とみなしていました。ただし、古代歌謡の世界を集大成して、なおかつ壮大な叙事詩の世界を創始した柿本人麻呂の歌群と比べて、山部赤人のそれは構成力が弱く、むしろ短い歌における近代的な抒情の萌芽に特徴がありました。
この歌の"菫咲く野"は女性を暗喩するもので、歌の骨格は相聞歌の形式を踏襲しているとする説がありますが、宴席で四首纏めて作歌されたという事情から、むしろ純粋な作品として作られたと考えたほうが正しいと思います。
例えば昭和の梶井基次郎が、檸檬という一個の物質の存在によってもたらされる心象でひとつの小説を構成してしまったように、山部赤人は、菫の咲く野という淡い存在を中心として、うねうねと自らの魂を低廻させています。これは、近代的な自我の萌芽、個人主義的な抒情、センチメンタリズムを意味するものです。
私は、柿本人麻呂をクラシックロマン派の巨匠ベートーベンとすると、山部赤人は純情詩人シューベルトに充てるべきと思います。小品に満ちる青春の香気を愛唱すべきでしょう。
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(記: 2009年4月12日) |
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